珍しい世界複合遺産ティカル遺跡

私たちはケツァルテナンゴからバスで一度首都グアテマラ・シティに入り二泊してから、飛行機でティカル遺跡への拠点であるフローレスに向かった。ペテン・イツァ湖に浮かぶ小さな島フローレスは、ホテルやレストランが集中している夜でも安全な所だった。
翌朝、ガイドを兼ねたタクシーでティカル遺跡に向かった。ティカル遺跡はジャングルの中に忽然と現れる、文化遺産と熱帯雨林自然遺産を合わせた数少ない世界複合遺産だ。ジャングルの中を進んでいくと、中心の大広場「グランプラザ」に着く。広場の周りには向かい合う一号神殿と二号神殿、住居跡のアクアポリスがある。グランプラザから離れた所にある一番高い64.6mの四号神殿からはジャングルに囲まれたティカル遺跡の全体を見渡すことができた。古いもので紀元前の建物もあり、そのほとんどが未だ土に埋もれていて「ロストワールド」と呼ばれている。

古代マヤ文明から移民まで

天文学や数学など高度な技術が栄えた古代マヤ文明の中心地グアテマラ。16世紀にスペイン人が侵略してきてマヤ文明は破壊され、19世紀初頭に独立したが、その後軍事政権が続く。1940年に初めて民主的な政権が誕生し様々な改革を進めたが、社会主義的な政策を懸念する米国の介入で再び軍事政権に戻り内戦が続いた。内戦終結後も戦後補償や治安対策、自然災害など課題山積みで、人々は経済的に苦しく疲弊している。米国の介入がなければグアテマラはどうなっていたのだろうか。マヤの末裔だもの、それなりに豊かな国になって移民の必要はなかったかもしれない。今多くの人がメキシコ経由で米国へ入り不法移民となり問題化しているが、本をただせば原因を作ったのは米国なのかも。
そんなことを考えながら、私たちはフローレスから飛行機でグアテマラを後にして、隣の国ベリーズのサン・ペドロへと向かった。

古代マヤ文明の遺跡からの出土品が展示されているグアテマラ・シティの国立考古学民族博物館。

フランシスコ・マキロン大学内にあるイシュチェル民族衣装博物館の展示。大学内はカフェもあり、安全なのでくつろぐことができた。

さすがグアテマラの首都、高層ビルも立ち並ぶグアテマラ・シティの比較的安全なホテルエリア

ジャングルの中に忽然と現れるティカル遺跡。その多くは未だ発掘されていない。

ティカル遺跡の1号神殿。王とジャガーの彫刻があることから「大いなるジャガーの神殿」と呼ばれている。

4号神殿から見渡すジャングルの中のティカル遺跡。ジャングルの中にほとんどの遺跡が発掘されずに埋もれている。