黄色人種への差別にびっくり、がっかり(グラフ旭川 2021年8月号)

入国時の差別的視線にカウンターパンチを!13時間遅れでキューバを出た飛行機は真夜中に首都サントドミンゴに着いた。「まずはホテルを探さなきゃ」と思いながら、入管でパスポートを出すと係員が隣の空港職員とこちらを見ながら何やらコソコソ話をしている。「なんかまずいのかな⁈」と聞き耳を立ててみたがスペイン語でさっぱり解らない。しかし、「ハポン(日本)」という言葉を言う時の彼らの眼差しの中に何やら侮蔑的なニュアンスを私は感じ取った。海外で黄色人種ということで侮蔑的な扱いを受けたことが何回かある。ニューヨークのマクドナルドで、スウェーデンの空港で、オーストラリアの入管でも。しかしその度にひるまず撥ね退けてきた。ここでも黙って済ます訳にはいかない。ふと見ると認証用のカメラがキャノン製だった。私はカメラを指さし大袈裟に「おおキャノン!メイドインジャパン!me too」と聞えよがしに言った。すると彼らは差別がばれたと察知して慌てて作り笑いを浮かべパスポートを返してきた。差別の歴史は根深くドミニカは70%以上がムラートと呼ばれる白人と黒人の混血である。第2次世界大戦前から中国人の、後からは日本人の移民が始まったが、与えられた土地が荒地で誰もが一応に貧しかった。ドミニカ人は彼らをまとめて「チーナ」と呼んで蔑んできたという。差別意識を教育によって徹底的に正してきたキューバとのあまりの違いに愕然とした。数日後に行ったリゾートホテルの受付でもとても無礼な扱いをされたのでマネージャーにクレームを言った。彼女は非礼を詫び夕食時に好きなワインをサービスすると言うので「辛口の白のスパークリングワインを、ドンペリとまでは言わないけどね。」と答えた。その日の夕方、予約していたレストランに行くとなんとキリッと冷えたドンペリが出てきた。生まれて初めてのドンペリは勝利の味がした。 [...]

2021-09-08T20:40:56+09:002021.09.08|グラフ旭川 連載記事|

13時間遅れ、国営企業という悲劇(グラフ旭川 2021年7月号)

「時々」から「しばしば」そして「いつも」ハバナからサンティアゴ・デ・クーバまで南下して、いよいよドミニカ共和国へ出発する日が来た。11時の便なので9時に空港に行って搭乗手続きをしようと案内板を見ると、13時発に変更になっている。受付開始を待っている間になんのアナウンスもないまま、いつのまにか15時発に変わっていた。管理職に「キューバの飛行機は何の知らせもなくこんな風に時々遅れるのか?」と聞くとニヤッと笑って「そうだ」と答えたので、怪しいと思い「しばしばか?」それとも「いつもか?」と問い質したら、にっこり笑って「いつもだ‼」と答えるではないか!誰も何も教えてくれない!空港で待っていても仕方がないので昼食を食べに一旦外に出て、13時に戻って来て案内板を見ると17時発になっていた。どこへ行くあてもないので空港で待ち、16時過ぎに受付が始まりやっと出発できると思ったのは大間違い。出国手続きを済ませ、出発ロビーでいくら待っていても搭乗案内がない。案内版の数字だけが18時から19時へとカシャカシャ変わっていく。係の人になぜか?いつか?と聞いても「知らない」の一点張りだ。出国手続きが終わった以上もう外には出られない。他の人たちも最初はザワザワしていたがその内にすっかり諦めたのか、お茶したりビールを飲んで宴会のようになったりで売店は大忙しだった。相変わらず何のアナウンスもなく、19時から20時、21時、22時と案内板の出発時間だけが変わっていく。国はアナウンス(説明)しない‼英語が話せる人がいたので聞いてみた。「日本では航空会社が遅れる理由をアナウンスするけどキューバではしないの?」と。すると彼はこう答えた。「国営だから会社じゃない。国はアナウンスしない!」と。私たちはその言葉にひどく納得して、今夜はここで泊まりかもと覚悟を決めた時にやっと搭乗アナウンスがあった、24時出発と。 [...]

2021-09-08T20:27:22+09:002021.09.08|グラフ旭川 連載記事|
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